非現実へひとっ飛び

 ちょっと日常を離れてみたらきっと、気分がたいそう変わって、心機一転さあ頑張るぞうなんてエナジーみなぎる心持で脳味噌の中身をすっかりリフレッシュできるとまで思っていたわけではなかったけれど、もう少しくらい何かが違っている予定だった。もう帰ってきて結構経つんだけれども。

 生まれて初めて、あ、ここが限界のラインなのね、あ、もう、もう越えた。って自覚したので、完全に一人になって、妹の自殺も家族も過去も人様との繋がりも日常も、もっと大きく私自身にも、日本国にも日本語にも、とにもかくにもすっぱりと全く無関係の状態になって、自分のペースみたいなものを取り戻したくなり、とりあえず何処でも良かったけれどもすっかり制作への気力やそれに必要な思考回路が根こそぎ消え果てていたので、なにか刺激でも得られたら一石二鳥じゃないかと欧州へ。
 私にしては結構長めにふらふらして来ました。有り金はたいて。100枚綴りのスケッチブックは1枚もスケッチすることなく、けれどもぎっちり日記を書いてきた。この旅行を安心して忘れてしまえるように。
 ユーロってもう、便利。何のプランも予定もなくとも、いつでも何処でも好きに移動できる。だから結局私は籠もって悩み考え続ける知的体力なんかを持ち合わせておらず、ぱあっと非現実へぶっ飛んで逃避するタイプなのだなと改めて確認した次第でした。ユーロもポンドも今が行き時だったし。観光シーズンオフということで、ネットでお安くブッキングしたホテルでも、更なる交渉でもっとリーズナブルなお部屋に入れていただいたり。Ryanairやeasyjetみたいな格安便は、ユーレイルパスで地道に回るのなんか辛気臭くてイヤだわという方にはお勧めです。
 そうして完全な現実逃避は本当に楽しくて、行き当たりばったり日本語なしの生活も本当に楽しくて、元来の孤独好きなのでお一人様サバイバルは本当に楽しくて、時には現地の方々にエスプレッソやらカプチーノやらお食事やらおごっていただいたり、美術館を案内していただいたり、TERで一緒になった5歳女児と遊んだり、ちょっと成り行きで出会った人のご自宅に泊めていただいたり。
 楽しくて楽しくて、本当に時間が止まってしまえばいいのにと心から願った。こんなに幸せな時間があるなんて楽しくて嬉しくて、だからもう二度と会わない人たちの写真はあえて撮らなかった。これは夢だってわかっていたからだ。自分が夢に逃げ込んできたっていう自覚くらいはずっとちゃんと持ってた。
 帰ってきて、なんとかして私が仏国あたりに住んでしまえる方法はないものかと本気で考えたけれど、ワーキングホリデー外となってしまった仏語もろくすっぽ出来ぬ私が就労ビザを取ることは不可能に近いし、だから、夢から覚めて現実を眺めているのだけれど、なんという放置っぷりなのだろうか。人生にリセットなんて、確かになかった。私は現実から文字通り逃避して夢の中を楽しんで、目が覚めただけなんだった。脳味噌を夢の中に忘れてきたみたいに。