澁澤龍彦選 『暗黒のメルヘン』

暗黒のメルヘン (河出文庫) とくに難しい事を考えたくない、人生の深遠について考えさせられたくない、ただただ言葉に酔っ払いたいの。夢幻の淵を彷徨いたいの。人生にリアルなんていらないわだって普通にしてたって重たくのしかかってくるじゃない。というときに思い出したようにこいつを持ち歩くことにしています。
これは澁澤龍彦選の幻想小説集で、これ一冊で近現代文学の中からベタといえばベタな定番ともいえる作家の名前が並んでいて、「澁澤がそうだと言えば、おまえは1+1も3と信じ込めるのだろう?」という時期を経て今に至る乙女としては、読書の嗜好を決定付けた愛しい可愛い一冊。 
 そうして、この本を何年ぶりに読み出して、ああ泉鏡花をきちんと読んでいなかったなと気がついた。

 心着けば旧来し方はあらじと思ふ坂道の異なる方にわれはいつかおりかけ居たり。丘ひとつ越えたりけむ、戻る路はまたさきとおなじのぼりになりぬ。見渡せば、見まはせば、赤土の道幅せまく、うねりうねり果てしなき、両側つづきの躑躅の花、遠き方は前後を塞ぎて、日かげあかく咲き込めたる空の色の真蒼きに下に、たたずむはわれのみなり。

 ぶわぁと情景が溢れるように浮かんでくるこの美しい文章。異界に迷い込んだ主人公が、咲き誇るつつじの中でぽつんとしているのが、まるで我のことの様。アンソロジー形式の短編集だと、ついつい「澁澤に選ばれたもの」として読みがちになるので、数冊鏡花を読んでみたく思います。
 しかし夢野久作いいよね。