ヴェニスに死す

ヴェニスに死す (岩波文庫) トーマス・マンの傑作。芸術家の生み出す美は、自然発生する美の前では圧倒されるしかないのか…みたいなジレンマが根幹なのかなぁ。しかし全編を多い尽くしているのは美への陶酔。絶対的な美の前に屈服し、恍惚とともに破滅してゆくおっさんの話。
 この小説を読んでから映画を見ると、小説家から作曲家に置き換えられてはいるものの、神の造った圧倒的な美の前に、自身のそれまでの栄光や名声によって築き上げられた人生そのものが無に帰してしまったアッシェンバッハの、絶望と恍惚がものすごく素晴らしい形で表現されているのがわかって、深い感動を覚える。
 規律と禁欲のドイツから、開放と快楽のヴェニスへ。迷路のようなヴェニスの街に着いた時点で、アッシェンバッハは自身の中に迷い込んでいくのだ。中盤以降、思わせぶりな表情みせるタジオを追いかけて入り組んだヴェニスに迷い込んでいくその様は、死へと誘い出していく悪魔と、それに魅せられ追いかける人間の姿のようだ。
 私なんかは思い込みで生きる人間なので、この映画は観るたびに発見というか、深読みがいかようにも出来るので大好きです。