こんなに寒いなんて人生は不毛すぎる

mxoxnxixcxa2005-12-15

 さむいさむいさむいさむい。夏が恋しい。どんだけ着込んでも寒いものは寒く、寒いと気分まで塞いできて、何もかもああうんざりさという気分になる。
 ああ寒いもう駄目だ。ああ寒い私は駄目なやつだ。ああ寒い明るい未来が思いつかない。ああ寒い日本の先行きも暗い。ああ寒いもう生きてるのが面倒だ。ああ寒い寒い寒いこれは何かの試練だろうか。動く気がしないのに動かないわけにも行かず、何もしたくないのにしないわけにもいかず、ずっとベッドでごろごろ温もっていたいのにイヤでも起きなきゃいけない。
 まず寒いと気力が衰え、意味も根拠もなくネガティブになり体まで妙な緊張感がみなぎり思うようにならなくなる。ああ寒い寒い。まず体が寒い。財布が寒い。心が寒い。風呂場が寒い。入りたてのベッドが寒い。手足が痛い。鼻が耳がもげそうだ。息が白い。欲しいコートは14万えんだ。夢さえ見れない値段だ。寒さのあまり体が縮こまり心までしぼんでゆく。もういやだ。寒い寒い。まだ夏のほうが我慢できる。夏はいいよね、あったかくてのびのびと開放的で心までどこまでも広がってゆくよ。早く夏になればいい。
 そう思ってふと立ち止まった。今年の夏は暑さのあまりバテて大変だったのだった。暑くて暑くてだるくて食欲がわかず、食べないでいるとますます弱ってだるくなり、だるいのでさらに食欲が失せてきて息をするにもしんどくてきつく、口を開けばああ暑い暑いばかりで…ああ冬のほうがいい。冬はいいよね、どんどん着ればいいだけだけじゃないか。冷たい空気は心を研ぎ澄ますよね、ああ暑い、早く冬になれと願ったのだった。思い出した。今年の夏はとにかくきつかった。だるかったこたえた。
 あと何十回、季節が移ろうごとにこんな不毛なことを考えながら暑さに寒さに耐えなきゃいけないのだ。楽しいことより辛いことの方が多いし、心躍ることよりも、げんなりすることの方が多すぎる。希望よりも不安に飲み込まれ、時間を忘れるよりも、ああ早く時間よ経てと思うほうが多い。日和見よりも焦りが勝る。老後は一体どうすればよいのだ。ああ生きるって…なにかしら人は何故生まれてくるのかしら。何故生きようとするべきなのかしら。どうせ死ぬだけなのに、何故何十年も我慢しなきゃいけないのだ。それはね、満足して死ぬためよと脳内小人が言うんですよ。
 なんだ、満足して死ぬだけのために、何十年も頑張らなきゃいけないのか?食べて寝て排泄する日々をただ続けるために、あくせく働き貯蓄し最終的にはその数十年後に満足して死ね?不毛だ不条理だ。此岸は永劫回帰か?なんて浮世は情け容赦ないのだ。私はとにかく寒いのだ。何故にノストラダムスは的中しなかったのだ。みなでもろとも灰になれば楽ちんじゃないか。あーあーああー。
 そういう、しょぼいぷち哲学者になりかけるくらいに、今日は人生という名の怪物におぼろげにうんざりした日。働かずに生きてゆきたいんだ。毎日パーテーパーテーで享楽的に生きてゆきたいのだ。しかし私はそういう人種には選ばれていないのだ。
 というか、日がな一日胃もたれが酷くてもういやだ。数ヵ月後に移住するかもしれないのだけれど、暑くて寒い万栄の古都に私は対応できるんだろうか。顔と腹が見事に違うという雅な文化になじめるだろうか。独りぼっちになって心を病んでしまわないか不安でたまらないので、ああ生きていくのってなんて面倒なのだと人類その全てに同情したくなる。妊婦を見れば、まだ生まれぬその胎児にさえ同情してしまいそうだ。ああ寒い。あまりにさむいので老い先の不安ばかりが募る。なんだってんだ。