『タナカヒロシのすべて』

 数日前レイトで。まず、上映前の座席でこんなにもわくわく始まるのを待った経験はあまりなかった。それ位に期待ばかりが膨らんでいたのかもしれない。
 超面白かった。観ている間は。でも終わってみると、あれ、なんだか物足りない。この中途半端な気持ちは何かしら。予告で8割を見せられた気分。
 この映画は役者個人の個性によるキャラでもたせた、よくある作品だと思う。鳥肌じゃない誰か俳優だったらどこまでもダルダルなままではなかろうか。
 おみくじクッキーを期に次々に訪れる悲劇を、主人公は無表情で淡々と受け止めていく。極端で低温度の人間悲喜劇。どこかで見た。あ、アキ・カウリスマキ節。田中誠監督も好きだろうなという位に、作品の温度やスタンスは近かった。登場人物たちに対する視線が徹底的に冷めていて、そこになんともいえないおかし味があり、終わるとどこかほのぼのとした気分。正面からカメラに向かって話す人々なんかは、小津安二郎というよりは小津テイストをリスペクトしているカウリスマキ風といった感じ。それに、時間の連続性を許さぬぶった切りの暗転によって、いきなり次に移るところとか。でも何かこう、どうも演者のキャラに寄りかかった印象が強くて、ストーリー性が着いていかぬというか。それなりに面白かったんだけれども。
 てくてく歩く田中宏のぎこちない佇まいったら。両親の夢や、ミヤコへの愛情の目覚めなんかはしみじみ良かった。鳥肌実のはまり役に加えて、伊武雅刀の怪演は必見。出演者は相当豪華で全員かなりいい味を出していた。宮迫博之以外は。この人は何ですか、無機質ゆえの面白さというのが分かっていないので寒さばかりが目に付いた。
 でもでも、主人公が俳人について一発演説をぶつシーンと、テ・ハ会の生徒とタバコを吸いながら飯島について話すくだりは邪魔。キャラを中途半端にするし、田中宏鳥肌実になった瞬間だった。俳句が褒められて一人ほくそえむのと、嬉々としてキックボードですいすい行くこの2つこそが、自己完結しまくりな世界に住んでいる「タナカヒロシのすべて」なのに。
レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ/モーゼに会う [DVD]真夜中の虹/浮き雲 [DVD] この作品が好きな人には、絶対にアキ・カウリスマキはお勧め。特に主人公夫婦に次々と災難が訪れ、淡々とそれを受け止めてゆき、最後にはちょっと幸せが。という『浮き雲』なんか大好きです。二人が空を見上げるシーンったら。というより、アキ・カウリスマキはどれもみなテンポと間がたまらなくいいのです。