『人間の約束』

人間の約束 [DVD] どうにもやりきれないものをやりきれないものとして、淡々と一切の無駄なく巧みに描いた作品だった。
 生きて年をとって死へと向かっていくのはどうしようもないことで、生まれたからには色々とあってもまあ自殺なんかすることもなく生きていくのが殆どの人間なんだけれど、生きて死ぬという文字にすればこんなにもシンプルなことが、どうしてこんなにも複雑でやりきれぬものなのだろう。
 痴呆に関して、呆けて何もかも分からなくなってしまったら、一体その人は誰になってしまうんだろうといつも思ってしまう。その人には生きている意味があるのだろうか。実感もおぼつかないのに。自分でなくなってしまったら、尊厳ある人間といえるだろうか。老いとはどうしてこんなにも醜くて悲しくて辛いことなんだろう。青臭い私なんかは、若者の勝手な論理でそう思ってしまう。けれど私だって死なんていう最終着地点へ向かって日々無為に歩いているのだ。
 自分も含めて、日々の積み重ねの中では必ず死と対面する時がある。自分自身の老いからも逃れられないし、高度な思考力を有した霊長類として生きていくことは、全然シンプルじゃない。結局のところ死んでしまうだけなのに、なぜ生まれてこなければいけないのか。私はこの映画を見ながら、もうずっとそんなネガティブなことを考えていた。楽しいことも嬉しいことも沢山あるけれど、嫌なことや辛いことの方が重く長く感じられる。寂しさや悲しさのほうがずっと身に染みて残り続ける。やりきれぬことのほうがずっとずっと多い。
 たぶん、見ている側がこんなことを考え込んでしまうのが作品自体の持つ底力なんじゃなかろうか。私がドラマよりも映画が好きなのは、作品性や作家性がドラマよりも尊重されているからだ。一方連続ドラマを忘れず根気よく見続けるのが超苦手というのもあるんだけれども。
 痴呆の老女の頭の中、お遍路の風景は特に印象深かった。三國連太郎の物悲しい目や痛々しい佇まいが生々しく。息子の横顔の遣る瀬無さ。老父が老母に語りかけ、添い寝をしてタオルを押し付ける。「楽にしてやるからな」「すぐに迎えに来てくれよ」。こういう心中事件って実際ニュースで時々見かける。自分は死に切れなかった高齢の夫の罪状云々など。人間てそんなに簡単に死んでしまえるものでもないのかもしれなくて。
 そして最後の金盥のくだり。三人目の「おまえ」のやりきれなさ。どうして人間てこんなに悲しいんだろう。寝そべっていたソファーの上で体育座りで泣いてしまった。途中、ふらふら起きてきた人にまだ起きてんのと呆れられ、この映画はつら過ぎると訴えると、じゃあ観なけりゃよろしいよと至極当然の身も蓋もないことを言われた。
 社会的な問題や個人的な主題を淡々と綴りながらも、エンターテイメントとしての側面からもしっかりと組まれていて、ラストの真実まで一気に描ききる。すごかった。ここに出てくるのはみな生身の人間。それぞれの苦悩があって感情がある。「だって、どうしようもないんだ。どうにもならないんだもの」。この感覚がそのままある。
 吉田喜重監督の作品はたぶん初めて。これを期にいくつか観ようかなと思っているところ。この作品は絶対観てすんごいおもしろいよ超お勧め!とはいえないけれど、私はかなりガツンとやられました。