デモは続くよどこまでも

「日本は嫌い」「悪い」「小日本最悪」みたいなことを口々に言いながらも「ハウル最高」。チャン・イーモウはずっと夢だったという高倉健と映画を撮影し、私自身も中国映画は好き。なのに中華人民共和国という国家で見たら、あまり良い印象は抱けぬ。文化と国は別物なのだ。自分を嫌いだと言う人を愛せるほど、世界は愛に満ちているわけではないのだもの。
「おいらがお前を嫌いなのは、お前に原因がある」とは、多分人間の心理作用として一般的にも理にかなった論理。しかしガラスを割って「全部お前のせいだ」とは少しく反発心が。そっくり同じことを言い返したいのを、ここはぐっと大人になる。確かに日本政府側に反省すべき点もあるのかも。対中態度が間違っていたとか。でもでも、こんなに一方的に屈折して膨張しきった憎悪をぶつけられて、ああ私、たぶん悪かったのだわと思えるほど人間清らかな生き物でもない。
 しかもこの憎悪の所以は偏りすぎだし、あれは単なる犯罪レベルの暴力。破壊行為で喜んでいる様は全くもって知的じゃなく、石原都知事の「民度が低い」という強烈過ぎるお声が聞こえてくるよう。あの大暴れが中国民の総意でないのは分かっているけれど、むかつく腹立つ。
「おまえのじいさんは、親分に言われて俺の爺さんを殴り、婆さんを犯した。これは末代まで言い伝えるよ。孫の俺に謝罪して終生金を払い続けろ。ひざまずいて頭を垂れ、子孫代々、末代まで一生反省しやがれ」。こういう単純なことではないことくらいは分かるけれど。反省反省って、日本の民間人は何すりゃいいわけ?泣きながら反省のデモをして、国会に投石とかすれば満足か。
 暴力的なデモというと、何か非教育層の手段と言うイメージがあるけれども、あれはインターネットを使いこなせる教育層が中心とのこと。「歴史を反省しない」と、日本国のごく一部の極右や、大して支持もされていない教科書みたいなほんの一部分には過敏でも、日本の国民の大半が憲法第9条の改正を反対していることは知らないわけで、情報が本当に限定的なんだなと思ってしまう。
 憎き小日本から莫大なODAをもらっている事だって知らされてない。手持ちの判断材料が少ないと、人間やはり柔軟な思考を持つのは難しい。自由に選択した考えだと思っていても、そのじつ植えつけられたものでしかない場合もあるよ。教育層の教育自体が歪んでちゃしょうがないですね。その一方、非教育層は、日本に来て物を盗んだり人を殺したり。同志でしょ反省してください。
 歴史の反省と言えば、ユーたち文化大革命でずいぶん自国の資本家や芸術家や知識層をめたくたにして殺したじゃん。あれは事実上の自国民のホロコースト状態とか言われてるよ海外では。指導者や発動本体を死刑にしたって、あれはヒステリックな民衆決起みたいなものでしょうが。近代化が大きく遅れたのは何も日本の所為じゃなかろう。反日。恰好の目くらましですか。
 だいたい靖国以外に戦没者記念碑とか何かをつくろうって話はどうなったのか。作りゃいいじゃんそこへ行けばいいじゃん。難しすぎてよく分からん。