そうか。そうなんだ

 この1週間は、Kの命日と、死んだのを知った日と、火葬して骨にした日の週だった。ごく普通に仕事をこなし、ごく普通に友人と呑み、ごく普通の顔をして過ごした。
 この1年、短くはなかった。
 長くもなかった。
 私はもなかに記録をつらつら呟くぐらいで胸の内を誰にも言わず、もなかにも書かなかったこと、匿名でも外に出すことのできない部分を含めて誰にも話さずに、一人でよく戦ったと思う。耐えたのじゃない頑張ったんでもない私は本当に独りで、よく戦ったと思う。これは家族がいようと友人が何人いようと関係ない。
 つい最近、Kが自殺したと知った日と同じ日に、笑顔がすごく可愛かったアイドルが首を吊って死んだらしかった。Kと同じ、24歳だった。人の心の内は誰にもわからない。狂言ではなく死を選んだ人間には、残る身内へ自分がどれほどの暴力を一生かけてふるい続けるかなんて、思いを巡らす余裕はすでになかっただろう。どうしようもなく身勝手だと思うが、これは単に私の言い分にすぎない。
 体中の血が全部どこか一か所に行ってしまって、熱いような寒気がするような、体がどこか力んでいるような力がすべて抜けきってしまったような、あの震えは後にも先にも経験したことが無い。
「もにちゃん、●ちゃん死んだ」
棒読みみたいな母親の声を、今でも脳内再生できる。あの電話を受けてから1年がたった。Kは私の大事な妹だった。