結局、2週連続、週末は東京に行っていて、兄弟や妹の友人に会っている。週末は何か人に会う予定入れないとやってらんないんだよねー、なんて言いながら、いつも同じメンバーらしい。兄弟と、第一発見者の妹の友人と、適当に談笑しながらお酒を飲んでご飯を食べた。

 第一発見者の子は、ものすごく色々なことを達観していて驚く。まだ二十歳だというのに、という見られ方を嫌うので若いことは置いておいても、肝の据わり方が何とも言えない気分になる。とにかくしょっちゅう妹の家に泊って、妹はこの後輩を大変可愛がり、なんでも話していたみたいだ。

 その子は、「こないだ初めてKさんが夢に出てきてくれたんですよー」と嬉しそうに言っていた。「今度は私にも、手紙とかプレゼントとか用意してくれてて、行かないでって泣いてお願いするのに、いやあ行かなきゃいけないんだよねーって言って笑って手を振って行っちゃったんです」と言って笑ってビールを飲んだ。この子のその笑いが、嬉しそうなのか寂しそうなのか、そこまで知った仲ではない私には分からなかったけれど、「助けてあげたかったっていうのは、残った人間のエゴだと思うんですよね」など言っていたこのギャルみたいな容姿なのに老成しているような子の、色々な奥を覗いた気分になった。

 妹が幾つか残したメッセージの中で、名指しで個別に遺されたものは、父と母とそのほか2名、家族外の人間に宛てたものはなかった。

 そうして、とにかく交友が広く友人が多かった中でも親友レベルであったであろう子から、手紙を受け取った。まあ私が別件の連絡事項に乗じて、返事は不要といい添えた手紙を同封したからなんだけれど。死の5日前に一緒に行ったらしい、江の島の堤防のようなところで笑っている妹の写真が同封されていた。受取った手紙の内容は文語も口語もごちゃまぜで、何かを伝えたいけれど言葉にならないそれを探しながら書いたような、感想文のような手紙だった。どうしようもない無力感や自分自身に対する怒りが隠しきれずに滲んでいる。それに返してあげるべき言葉が、まだ見当たらない。

 妹の周囲の人間は、誰もがそれぞれの形で妹の死を処理できずにいる。あれやそれに答えを与えてくれるべき妹はもういないから、出口はない。