[俳優]『カルマ』 レスリー・チャン

カルマ [DVD] みすみす『男生女相』を見逃したわけなんですけども。俳優レスリー・チャンについて語ってみようと思っても、私は結構かなり大好きだったので彼の最期のショックが大きく、最後の作品であるこいつをようやく観る気になれたのが、ほんの数日前っていうくらいなわけです。
 で、最後の作品が、これ…?えっと、ホラーとしてはそこそこ。でも…こんなんが?とは言いませんが、チェン・カイコーとか、ウォン・カーウァイと組んだのがもう一度観たかったのに!それにしても、この映画のラストの屋上に立つシーンは、ちょっと正視できなかったです…。
 一つ言いたいの。レスリー・チャン=ゲイもしくはバイだったから、あの数々の役は素晴らしいものになった、みたいなことを書いているのを見かけると微妙な気分になる。私は歌手としてのレスリーには全く興味がなかったので、彼のアイデンティティと表現手段とか、その辺はよく分からないし割とどうでも良いのですけども、演技においてはゲイであれバイであれヘテロであれ関係ない。むしろ関係あるよといえば、俳優として過小評価してることになるんじゃないかなぁと思う。性的嗜好は単に性的嗜好なの。
 俳優としてのこの人が素晴らしかったのは、曖昧さや言葉にならない複雑さをそのまま演じる俳優だったから。この人の魅力は、寂しそうに微笑むとか、悲しそうに笑いかけるとか、何か言いたげな沈黙だとか、そういった非常に曖昧で微妙な感情の機微にあったと思う。
 天災などで災難にあった人が、取材のカメラを向けられたときに、「全部失いました。明日からどうすればいいんでしょうね…」と笑顔で言ったり、または涙を流しながらも笑顔を浮かべたり、カメラを向けられると曖昧に微笑んでしまうのを見ると、なんだか日本人の悲しい習性を見てしまった気分になる。人前で号泣したり感情をむき出しにすることを美徳としない、というのは、道徳観念が崩れかかった今日においても、深く刷り込まれている習性なんだなぁとつくづく感じる。まあ東洋的とはいっても、もっと過激で過剰な感情表現をする国もあるし、一概にくくれないとは思うんですけども、とにもかくにも、レスリー・チャンほど曖昧な沈黙が似合う俳優は、なかなか居なかった。「なんとなく」がこんなにも絵になる人は居なかった。
花の影 [DVD]ブエノスアイレス [DVD]欲望の翼 [DVD]さらば、わが愛 覇王別姫 [DVD] 出演作は、チャイニーズ・ゴースト・ストーリーあたりはさすがに興味がなかったんですけども、その辺り除けば、ほぼ全部観たかも。コメディからロマンスまで幅広いけど、何度も何度も観たくなるのはやっぱりここらへん。特に『欲望の翼』は別格で好き。ウォン・カーウァイと、もう一度やってほしかったよう。
 どうして死んでしまったんだろう。当時レスリーの遺書とされるものが流出して、真偽のほどがあれこれ言われもしましたが、「僕は特に悪いことはしてこなかったはずなのに、どうしてこんなことになってしまったんだろう。もうだめだ」みたいな言葉は、彼が鬱だったことを思うと本物であれ偽造であれ、あまりに悲しかったです。実年齢と、見た目の若さと演じる役の年齢とのギャップがどんどん広がっていったまま、自分でキャリアを閉じてしまったなんて。年相応に年をとっても、役の年代と実年齢が近づいていっても、それでも年をとっていくなりのレスリーが観たかったなあって考える。この人の演じる「なんとなく」な雰囲気や空気は、やっぱり今でも大好き。
 ほかにも面白いのはたくさん。…香港コメディって、ほんとに、ねえ…というあたりなら、ここ。大きな脱力感を味わえます。こと大英雄は、トニー・レオンが何もここまでしなくても…みたいな。