白夜行

 原作の記憶がわりと曖昧なので、は?ラブストーリー?と思っても、いかに忠実に再現するかばっかりじゃ意味もなく、まあ原本崩して再構築するのだろうとは思っていたんだけども。
 しかし…なあ。冒頭のシーン。長々あのようなシーン。録画したんだもの、最後まで見るわ!という持ち前の卑しさがなければもういいやと思うところだった。リアルタイムでみていたら、5分でチャンネルを変えていたかもしれなかった。やかましい盛り上げ音楽を耳に、感動的な2人の再会。涙ぐむ2人。震える手を伸ばす山田。涙を浮かべる綾瀬。煩い音楽。…あなたは私の太陽だった…もう、お腹いっぱい。
 それくらいに、冒頭の舞い散る雪に凍えそうだった。…山田さんに泥棒ヒゲはダメだろう?雪穂が涙ぐんじゃ違うだろう?腹に鋏の刺さったサンタが倒れていてもみな素通りって、そりゃないだろう?みたいなことを、何となく考えた。
 心の薄汚れた視聴者には、心温まるはずの子役同志の交流が痒く、最初の数十分はへぇあっその連続で、非情に冷めた目で見ていたところ、質屋の父親が殺されたあたりから楽しくなってきた。すごいノってきた。子供2人もようよう可愛く見えてきた。と思ったら、少女のほうは『下妻』の子だったよ。彼女は勘の良い子だと思う。
 余貴美子は大好きだし、鬼瓦のような金八もいい。ああ、なかなかの2時間ドラマだったよね。と思いそうになったところ、これは連続ドラマだったよ。山田さんはまた学ランだ。綾瀬さんだって学生服だ。ベッドに横たわり綾瀬さんは呟いたよ。「うまくやれてるよね、私。…サクちゃん」。終始モノローグがいらなかった。一切いらなかった。言葉の羅列よりも沈黙のほうが雄弁なこともある。テレビドラマだって同じじゃなかろうか。
 原作の内容が早うろ覚えの私にとっても、綾瀬はるかの高い声や清涼感いっぱいの感じが、先々ずっと気になってしまいそうな予感がする。山田孝之はこういう重い高湿度な役でこそ陰気で暗い目が生きるかもと思えば、今回は序章なので来週を見て考えるつもり。
 そもが私はドラマよりも映画が好きなので、大人の事情がより強く働くキャスティングと、サービス性の向上からくる作品性や作家性の軽視はドラマならではなのだろうなと思った。ドラマはそういった浅さを楽しめばいいよ。エンドロールの山田、かわいいなぁとか。
 人気原作本の実写化って、某で叫ぶとか中身があまりにないベストセラー本なら、好き勝手に膨らましてどうとでも料理出来るだけのスカスカ部分があるんだけれど、緻密に練られたミステリーものとか、活字の構築だからこそ生きるサスペンス性って、安易な映像化や過剰な親切心による説明で簡単に壊れてしまう。