『パニック/脳壊』

mxoxnxixcxa2005-12-10

 これこそがフロイトですというお手本のような映画だった。脳がぶっ壊れてパニックなんていうエキセントリック感の漂う題名からはちょっと想像のつかない、端正な正統派すぎるくらいの正しい父息子物語。正しすぎて、もう少しひねって欲しかった。
 絶対的な父と、それをあがめる母。家業である殺し屋の英才教育を受けて後を継いだ中年の息子。しかし性格的にも向いておらず、続けていくことに限界を感じている。その限界はもう精神的にもぎりぎりのところに来ていて、セラピストの元に相談に通うほど。しかし相談しようにも、一体どこまで言えるのだっていうジレンマも。そして、息子がセラピーに通うことを心配する父は、何とかやめさせようとする。主人公はのしかかるビッグダディの影とグレイトマザーの重圧を背負って…という話。
 親から期待される役割と与えられた枠の中でもがき、そこからの逸脱を図る触媒の役目として、セラピーの待合室で出会った魅力的なバイセクシュアルの少女、ネーヴ・キャンベルが出てくる。主人公の感情の波はほぼ全てと言っていいくらい、彼女に対する接し方に委ねられすぎているような気もした。抑圧からくる夫婦の性生活の危機、そこからじわじわ広がっていく齟齬と不和。
 とうとう主人公は、親の重圧=性的抑圧を、バイの少女に男として接することで克服する。もうオレはオレをコントロールできる。すなわち自分の人生を自分のものとするために、主人公が向かったのは…。という話。
 いやはやなんていうか、正しい正しすぎるフロイト映画。真っ当で正統派すぎて、ひねりはなし。けれど、役者は全員素晴らしかったと思う。ドナルド・サザーランドはさすがなんだけど、しかしながら不肖の私はもう、ドナ様がでてくるだけで何もかもが良しと思ってしまうので、その辺りはなんともなりません。
 素敵すぎるドナ様はこの際脇に置いて、主人公のウィリアム・H・メイシーも、その妻も、母役も、それぞれをきちんとそれまでの人生を背負ってきた一人の人間として演じていて、ステレオタイプすぎる脚本でもそれなりの深さを出していた感じ。全ては偉大な父の下、去勢されるのだ!っていう。正直今の日本じゃ、父性なんて失われていますが。だからこそ、殺し屋という極端な世襲制家業が必要だったのかも。寧ろ日本では父の存在の希薄を根拠とした、母性の膨張が引き起こす家族制度のきしみの方が深刻。なんてどこかで見たようなことを考えたりする。
 そうしてネイヴ・キャンベルがとにかく魅力的で、微笑んだときの目元が涼しげで綺麗で凄く印象深かった。それで微妙に、今、どこ?みたいな。
脳壊 パニック [DVD] 脳壊というのも何だか的外れっぽく、壊れていくというよりは追い込まれていくという感じ。それにパニックというパニックだったか?至極丁寧に混乱の根拠が示してあったし、こいつは必然という名の父殺しでは?っていう。ああ結末を書いてしまいました。つまらんと切り捨てるには、非常に正しい真面目で真っすぐな映画。親の因果を子が背負い末裔まで。そういう映画。