巨漢は脅威

mxoxnxixcxa2005-12-01

 この前ナントカ22という番組で美容整形がやっていて、ものすごい巨漢女子100キロが脂肪吸引で痩せたいと言い、断食道場も行ったエステも行ったこれが最後の手段と言いながら、痩せないことへの文句をぶーぶー言いつつ信じられない量の食料を飲み込んでいくのを見て気持ち悪くなり、彼女に必要なのはカウンセリングと胃を小さくする手術に決まってると思った。痩せたいのに、欲望のままに喰いまくるのをやめない因果な姿がもう、超恐かった。何が憑依してるんだろう。
 その後80キロにまで痩せたその女子が成功モデルとして撮影をしていて、その様がまた、唇をちょっと突き出して人差し指をたてて先をちょこっと可愛らしく添えて、「シー」としていた愛くるしすぎる場面があまりに強烈で、ああ早く忘れようと思っていたら、昨日夢に出てきた。いつも殆ど夢なんて覚えてないのに、起きてしばらく微妙な気分。
 太った女子は何だかおおらかなのかもしれないし、幸せ太りという言葉もあるので一概には言えないなとは思いつつ、限度を超えて太った女子が恐い。キモいとかじゃなくて、何か脅威を感じる。何かの領域を超越した人っていう感じがして恐い。何かをかなぐり捨てた人という感じがして恐い。その誇り高い肥満が恐い。何事にもびくともしない強大な何かを感じて恐い。肥満体はなんだ、大地の母か?この思いは母性の拒否か?っていう疑問を感じつつシンプルに恐い。
 それは脇に置いて、女子は痩せぎすよりもむっちりが可愛いし、本人が幸せそうならいいんだけれど、そうじゃない目をしている巨漢が多いのも、それはそれで恐い。どうせいつか死ぬなら出来る限り享楽的にわくわくしながら生きていたいので、病んだ女子は見ていてつらい。その不幸せ太りが悲しくてつらいのだ。
 例えば巨漢が居て、一緒に居るとものすごく不のオーラを発していたりする。「いいよね。みんなはいいよね。どうせ私は太ってるからどうせどうせどうせ」と自嘲するので返事の仕様もなく、何をするときも、「どうせ私はデブだから」という顔で暗くするので、みなはとても気を使った。そんなことないよーとかって。でも実際巨漢だった。
 恋の話も「どうせ私は関係ないから」。ダイエットも、「どうせわたしはだめだから」。彼女は疎外感を膨らませて孤独を募らせ、ますます太ったという話。周囲が悪かったか?自分から退行して浮いていったように思う人は意地悪なの?だって気まずいんだもの。劣等感で手一杯になってひねくれてしまった人を愛するのは難しい。そもそも自分に愛着を持つ気も捨ててしまえば、努力なんてするはずない。どうしようもないし、なんだか一緒に居ても楽しくない。
 こういう態度は酷いんだろうかと考える。意地悪な発想かなぁ。かといって殆どの太った女子はこんな感じじゃないし、一緒に居ると楽しいよと言い訳もしてみたりもする。だいたい女子の、ぽっちゃりまではいかないむっちり感は抱きつきたくなるくらい愛しい。
 甘受しがたいのは、自分が欲望のままに食べまくった結果なのに、どうして被害者ぶるのだ。劣等感のない女子なんていないのに。みんなコントロールしてるんですよ。辛さを分かれといわれても、別にからかってないし、むしろ体重の話に触れぬよう周囲は気を使ってる。自分の意識の所為で劣等感やら被害者意識やらが膨らんで、先に向かって閉じていく一方のその思考回路が恐い。重ねて言うが、自分のスタイルに満足して自信を持ってる女子なんていないのよ。むしろ太ることが恐いのだ。たがが外れてしまって、太ってとまらなくなったらと思うと恐いから、みんな自制心でデブ化を阻止して食欲を制御してる。巨漢女子はその臨界点を超えてしまった人という感じがして恐い。拒食症に対しても哀れみや同情じゃなく、ゆるい嫌悪を感じるようなメンタリティは歪んでいるのかも知れないんだけども。
 貧乳の美学は中肉中背、出来ればなるべく痩せ型をキープすることだと信じているのは、太った貧乳ほど悲しいものはないなという乙女の切実さが根にあったりもするんだけれど、どうして自分の贅肉は汚物に感じるんだろう。女子のむっちりはもう抱きつきたくなるのに、何でこう自分のはイヤなの?太もものむっちり部分を掴んでしょんぼりする。なにこれもうヤダ!
 女子を振り回すこの痩せ願望は一体なんなのだ。大人になれば関係ないと思っていたのにそれほどでもなく、じゃあ子供を生めば消えるのか?母という記号になってしまえばびくともしなくなるの?アンタ女子の脂肪質の柔らかさは性の官能の象徴ですよ。それを否定するのは自らの女性性を否定しているようなものよと、他人相手なら勝手な分析をして片付ければ納得して終わるのに。
 そもそも貧乏な私に言わせれば、太るだけなのにわざわざ無駄な諭吉を消費して食欲に飲み込まれ、散々諭吉を喰いまくった上で、さらにその贅肉を落とすために数百人の諭吉を使うだなんて、心底信じられない話。腹八分目を心掛ければ、太って痩せるその労力分タダじゃないの!
 思いつくままにキーボードを叩くだけで手短にまとめて論点を絞るなんていう知的なことが出来ない私は今日もどうせ長文ですよとひねくれかけてそれはキュートじゃないわと気がついた。過度の被害妄想はうざいだけだわと人の振り見てわれを見たそんな日。