好きで書いたのじゃありません。

 ある日、公共の場に座って手帳か何かを眺めていたときのことでした。「あの、ちょっとすみません」と言う声。顔を上げると眼鏡の普通の社会人っぽいおっさん。「はあ、なんですか」と答えると、自信満々に「あの、あなたに一寸マッサージとかして差し上げたいんですけど」 私「は?」 眼鏡「ですからあの、そのときに一寸私のことも軽くイジメてもらったりして…」 私「?」 眼鏡「あの…興味ないですか?」 私「え、あの、マゾ…?」 眼鏡(恥ずかしそうに笑う)「…はい」
 マゾは終始堂々としており、凡人の私なんかが抱いていた「びくびくしておどおどしてそう」なイメージは皆無。それに、私ははっきり言って一人で偉そうにしていたつもりはなく普通に座っていて、おまけにボンデージがかっこよく着こなせるようなボリュームのある体つきでもなく、たやすくナンパされるようなギャル臭の抜けない女子でもないつもり。むしろもにかは冷たそうだと言われるくらいだ。
 道端で真性のマゾにご指名で女王になってくれと懇願されたのかと思えば光栄なのかもしれなかったけれど、断った。ネタと思われそうな話でも、嘘じゃないのです。得体の知れないおっさんに着いて行って、騙されて怖い人のところに閉じ込められ、どこか遠いアジアの国なんかに売り飛ばされたらどうしよう。なんて思ったので、「一寸経験ないんで」と冷たく言ってやった。マゾおっさんは残念そうに「そうですか…」と。
 でもでも超興味津々。このおっさんに向かって罵詈雑言を投げまくって踏みつけたらさぞかし日々のくさくさも消えるであろうな、なんて一寸考えた。なんで虐められたいのだおっさん。どうして私に奉仕したいんだおっさん。後日、人に聞いてみた。「ねえねえ、SMって楽しいの?」 人は思い切り顔をしかめ、「はあ?」 そこで詳しく経緯を説明をすると、そういう話は聞きたくないさという顔をした。
 馬鹿にされるのが気持ちいい感覚を聞いてみたい。殴られて貶められてねちねちやられて嬉しいその感覚を知りたい。カワイイ自分がイジメられてカワイソウニなんていうナルシスト的なシチュエーションに興奮するの?一寸分からぬ感覚。私は本気でへこんでしまうと思う。ふざけんなと言ってキレるのだと思う。